絶対悪についての生物学的考察

以下、マニアックに生物学的見地から絶対悪及びサイについて考察します。当然ながらネタバレ満載です。
ちなみにこれを書いている人間は、一応分子進化学を専攻してはおりますがまだ研究を始めて2年のペーペー院生です。何か間違いやご意見などございましたら是非コメント欄からお願いします。

  • シックスの言う「新しい血族」は生物学的にどのような区分となるのか?
    • まずはこちら。アンドリューが血族の末端であり、瞬間記憶能力を有していたことから、ここではとりあえず特徴として『少なくとも瞬間記憶能力を保持する血縁集団』とみなすことにしてみます。
    • さて、ここで種、という概念について少しだけ触れさせていただきます。種の定義については、少なくとも動物においては現在『生物学的種概念』というものが最も広く用いられています。ものすごく簡単に言うと、“生殖的隔離が生じる2集団は別種” ということです。ここで生殖的隔離とは、例えば交尾が生じない(クマとセミとでは交尾が起こりえません)、受精に至らない(獣姦してもその獣と人間との雑種は生まれません)、雑種に生殖能力がない(ロバとウマの雑種、ラバなんかが有名です)、もしくは生殖能力が低い(外見がどっちつかずでどちらの動物からも嫌われる、とかも含まれます)、などのことを指します。つまりチャウチャウと柴犬は外見的にはかなり違いますが雑種ができるし雑種は交配可能なので同種。ということですね。
    • ここで新しい血族について。アンドリューがどうもシックスの存在を知らなかったらしいことから、この血族はそこまで強固な繋がりを持つ集団ではないだろうと推察されます(例えば閉鎖的・隔離的な村で暮らす人々というわけではなさそう)。つまり、外部の人間とも十分に交雑可能であり生殖的隔離が生じていない。よって新しい血族の大部分は、恐らくホモ・サピエンスとは別種であるとは言えないだろうと思われます。
  • シックスは生物学的にどのような区分となるのか?
    • これに関してはネウロ「生物学上で決定的な差があるようだ」 としていることからも、恐らくホモ・サピエンスとは別種であると考えるのが妥当でしょう。ある種の動物から別種とみなせる生物が現れることを種分化、と呼ぶのですが、シックスはまさしくそれの産物であると予想できます。
    • シックスは自らを例え、恐竜から鳥が進化したことを語りました。彼のものらしい戦闘機に始祖鳥の最も有名な化石が描かれていることからも、彼が『自分は人間から突出した新たな生物である』 とみなしていることが推察できます。
    • 前述の通り、別種である以上生殖的隔離が達成されていないといけませんから、シックスはホモ・サピエンスとの交配が不可能でなければなりません(雑種個体の生殖能力が無いか低い、くらいに相当しそうです)。ここでシックスの近縁な血族がシックスと同じくホモ・サピエンスでない、と仮定するなれば話は簡単なんですが、そうでない、つまりシックスのようなホモ・サピエンスから種分化した生物は他にいない、とするなれば、これは非常にゆゆしき状態です(ですが漫画的演出から言って、シックスが唯一ホモ・サピエンスから完全に分離した個体である、という展開になる可能性は高いと思います)。それはつまるところ子孫を残せない、というわけで、そのような生物は果たして新種と呼べるのだろうか?という疑問が沸きます。これについては後述。
  • クローン個体であるサイがシックスと様々な点で異なる原因として考えられる可能性は?
    • サイが出世時に雌であったこと、及びにサイはシックスが持たない細胞レベルでの変異能力を有すること。ここでのクローン、というのは恐らく体細胞クローニングの事を言っているのだと思うのですが、その場合普通に考えて上記のような現象は起こりえません。
    • まず体細胞クローニングについて。数年前ドリーで一躍有名になりましたが、平たく言えば『体の細胞から核(DNAを内包した器官、全ての細胞内に存在)を取り出し、核を取り除いた卵細胞に移植、発生させる』 という技術です。つまりクローン個体は本体と全く同一のゲノムを有することになります。
    • サイの持つ変異能力についてはなにかしらの遺伝的改変が行われた為、と考えることが可能かと思います。実現可能か、そもそもどのような遺伝的操作を加えればあんなことになるのか、といったことについては少年漫画だから…ということで。まぁネウロは未来の話みたいですし、現在の状況だけから話をしても仕様の無い部分はあると思います。
    • さて、ホモ・サピエンスの性別は染色体によって決定される、というのは有名なので皆様ご存知かと思います。女性は42本のX染色体を、男性は41本のX染色体と1本のY染色体を有します。ホルモンなどの関係により外見的に性別があいまいになったり逆転してしまったりする例は存在しますが、それでも原則的には性別は染色体に依存すると言って問題ないです。
    • つまり、体細胞クローンによって性別が異なる個体は生まれえません(今更ですがシックスは男性だと仮定しています)。かつ、ホモ・サピエンスにおいては恐らくいかなる遺伝的改変を加えたとしても本体と性別を異にすることは出来ないだろうと想像できます(少なくとも、雄/雌と断言できるような個体にはできないでしょう)。
      しかし、シックスは恐らくホモ・サピエンスではないのだろうとここでは考えていますので、上記のような議論は通用しない可能性があります。例えば性決定因子がY染色体ではない、という可能性。動物界において性決定因子はY染色体以外にも様々存在し、魚の中には小さい頃は雄・大きくなったら雌、というように性転換をするものも存在します。また、性決定因子が異なる場合ほぼ確実に生殖的隔離が成立するでしょうので、シックスが種分化した生物であるという仮説にも合致します。
    • そう仮定すれば、遺伝的改変により性別が本体と変化することは十分起こりうることでしょう。また『誕生時の性別は雌』というシックスの言い方から“サイは性別すらも変異させることができたのではないか”という予想が立つわけですが、それも性決定因子がY染色体に依らない、とすれば十分可能です。そもそもサイは自分のDNAくらい調べていそうなもので、それでも性別すら分からなかったというのはホモ・サピエンスと遺伝構造的に何かが決定的に異なっていたと考えるのが妥当でしょう。
  • サイとシックスが“根本的に違う”原因は?
    • これもネウロが言っていたことですが(まぁネウロの発言=松井先生の意思表示でしょうから)。また、ネウロはサイを“人間”であるとみなしたのに対しシックスについてはその定義に疑いを抱いていました。それは例えば『邪悪な圧力』に代表されるような違いなのでしょうけれども。あ、ちなみに圧力うんぬんに関しては考察しません。生物学的考察のアプローチ方法が思い当たりませんので。
    • 根本的、という言葉からして、サイに施されていたであろう遺伝的操作が原因であるとは考えがたいです。遺伝的操作において、遺伝子などを付け加えることは可能ですがその逆、つまり遺伝子や染色体を取り除くということは基本的に不可能です。よって恐らく何らかの遺伝子を付け足された(もしくは人為的に突然変異を引き起こされた)サイのほうがむしろホモ・サピエンスから遺伝的には遠いことになるはず。
    • さて、男性がクローン主である場合、クローン体と本体との間に差異が出る可能性が生じます。それはつまり、細胞の核以外の部分です。男性は当然ながら卵細胞を提供できませんので、誰か女性からの提供を受ける必要があります。ここでクローン体の母親/姉妹及び親族以外からその提供を受けた場合、クローン個体は本体とは異なる細胞内小器官(ミトコンドリアを始めとする様々な器官たち)及び細胞質・細胞膜を持つこととなります。例えばミトコンドリアは内部に独自のDNAを有する器官ですし、フィクションであると考えればこのような差異が大きな違いとして表出することは大いに考えられると思います。よってとりあえず現段階では、『サイとシックスが根本的に違う原因、つまりシックスが極めて特異な存在である原因の一つは細胞の核以外の部分にあるのではないか』という結論を出したいと思います。
  • シックスという数字にはどのような意味があるのか?
    • さて、少し話を戻します。仮にシックスがホモ・サピエンスから種分化した唯一の存在であるとするなれば、それはつまりシックスは子孫を残しえないということであり、そもそもそんな生物が1個体いるだけで種だと言えるのか?という問題。これは専門家でないので断言できないのですが、恐らく種だとは認められないだろう、と思います。少なくとも有性生殖のみをする生物ならば。
    • ちなみに有性生殖、とは2つ以上の性別を有する生物において同種同士がゲノムを提供し合うことにより子孫を作る方法です。対義語は無性生殖ですね。有性生殖の利点は、何より“遺伝的に異なる子孫を作れる”ことです。つまりネウロという漫画の主題でもある“進化”を行える、ということ。勿論無性生殖のみの生物にも進化は生じますが、それは有性生殖を行う生物とは比べ物にならない効率です。
    • ところがシックスは、クローニング技術を獲得しています。これはつまり、人為的にではありますが無性生殖が可能であるということ。かつ遺伝的改変を加えることができるならば、かなり歪んだ形ではありますが、無性生殖でありながらかなりの速度で進化し続けることが可能である、と考えられます。
    • 当たり前ですが、ホモ・サピエンス以外にクローニングによって生命を生み出しうる生物は存在しません。もしもシックスが上記の方法により子孫を生み出し進化を続けていくのだとすれば、それはもうこれまでの如何なる生物とも異なる存在であることは疑う余地がありません。もしもシックスが種として認められうる存在であるなれば、きっとシックスは哺乳類という区分には入らなくなるでしょう。
    • さて、シックス、という数字の意味。脊椎動物、という区分には一般的に魚類・両生類・爬虫類・鳥類・哺乳類が含まれます(ちなみに現在生物学において有力なのは脊索動物、という区分でして、この場合はもう少し広く生物が含まれます。が、松井先生がこんなマイナーな潮流をご存知だとは思えないので考えないことにします)。シックスが前述の通り哺乳類の枠を飛び出したのだと自ら認知していれば、それはつまり、六番目の分類群に属するただ1種の生物である、という表明なのではないでしょうか。それはさながら恐竜から飛び出した鳥類のように。
  • 結論
    • 新しい血族は少なくとも大半がホモ・サピエンスである。全員がそうであるとは限らないが、漫画的演出から考えるとシックス以外はホモ・サピエンスであると考えるのが妥当ではないだろうか。
    • シックスはホモ・サピエンスから種分化した新しい種の生物である。
    • サイはシックスのゲノムを改変して作り出されたクローン体であり、細胞質や細胞内小器官が違う点においてシックスと異なる。
    • シックスは性決定因子やその他の何らかの要因において、ホモ・サピエンスと決定的に異なる遺伝子構造を有する。
    • シックスはクローニング技術および遺伝子改変技術を獲得した結果、既存の生物とは全く異なる新たな進化手段を獲得した“第六の分類群”の生物なのではないか。

長くなりましたが個人的には中々満足しています。今後本誌で新しい情報が出されましたら、適宜考察していこうと思っています。読んでくださった方、ありがとうございました。